だけどこんなに胸が痛むのは

なんの花にたとえられましょう

と、くるりがうたっていた。構成員がふたりになってもなお、くるりは私にまほうをかけるのです。岸田の歌声をききながら、思い出すのはなぜか彼との思い出ばかりで、ひさしぶりに会いたいなーと思った。悲恋は涙のしずくとともに、いつまでも美しいのです。叶わなかった恋はふとしたきっかけで私に魔法をかけるのです。くるしいけれど誰かをおもって涙をながすようなあの気持ちを、ふたたび私があじわう日はやってくるのでしょうか。もう二度とごめんだという気もするし、あーゆうにがにがしい経験ができるのは20代の特権だという気もする。つーわけでくるりのライブin松山はとてもよろしかった。ライブおわりの夏の夜はなおよかった。ドラムの男の子が若くてかわいかったなー。そんなことはどうでもいいか。

いい気分で旅館にもどると、よっぱらい男から電話がかかってきて、嵐山へ行こうと言われた。なぜ嵐山なのかは不明。とにかくいまだかつてないほど酔っていて、浮気は一回までならゆるす、なぜなら君の貴重な青春を俺だけに費やすのはひどく勿体無いことだから、と物分りがいいようで自分勝手な理屈を述べていた。くるりの余韻が台無しになったけど、こういうのも悪くないのかもしれないなあ。この人に私の貴重な青春の一部を費やすことに決めたのは私自身なのであるから、だれになんと言われようと、おしまいにする瞬間も、浮気する瞬間も、私がきめるのです。

あ、あと愛媛も大変よろしいところでした。温泉きもちよかった。松山の純朴な青年との運命的な出会いこそなかったものの、田舎の朴訥なにおいに癒され、司馬遼太郎の偉大さに触れ、みかんグッズとタルトをみやげに大都会・大阪へ帰ってきました。出社して3分で仕事たまりまくりの現実に吐き気。

君は 昼か夜かどっちが好きだと訊くから
僕の答え 何もしない昼と 何かする夜

さー仕事がんばるかー。